保証社報 | 韓国画のアイドル、彼女に出会った日
ソウル保証の社報「対話と共感」コーナーで、江南支店のアン・ソニョプ社員と新論峴支店のハ・ヒジン社員が、韓国画家キム・ヒョンジョン作家のスタジオを訪ねて行ったインタビューです。自分探しから出発した「Naesoongシリーズ」の誕生の背景と韓紙コラージュ技法などの制作方法、経営学の複数専攻で激しかった学生時代、大衆との対話を重んじる芸術観について語りました。
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キム・ヒョンジョン作家
1988年生まれ。ソウル大学東洋画科を経て、同大学院東洋画科で修士号を取得し、その後博士課程に在籍中。年輪と経歴を重んじる美術界において、画期的な作品で韓国画の大衆化を先導しています。
2014年初夏、仁寺洞にある有名ギャラリーは、ある作品展示によって連日、最多の来場者数を記録しました。細面の顔に韓服を着た作品の中の女性の姿が、好奇心をかき立てたからです。今回の出会いは、この絵を描いた人はどんな人なのだろうという好奇心から出発しました。江南支店のアン・ソニョプ社員、新論峴支店のハ・ヒジン社員とともに、韓国画のアイドルと呼ばれているキム・ヒョンジョン作家に会いました。
文_編集室
自分探しから始まった「Naesoong物語」
スタジオいっぱいに掛けられたキム・ヒョンジョン作家の作品。二人の社員が温かいお茶を飲みながら絵を鑑賞していたころ、その絵を描いたキム・ヒョンジョン作家がスタジオに姿を現しました。
可憐な外見とは違い、しっかりした声で「こんにちは」とアン・ソニョプ社員とハ・ヒジン社員に親しげに挨拶した彼女。席に着くとすぐに「ソウル保証はどんな仕事をするところですか」と好奇心を見せました。彼女に会いに来たアン社員とハ社員が、かえってインタビューを受ける(?)立場になると笑いが起こり、雰囲気が和やかにほどけました。さすがインタビューのベテランです。
就職前に有名な講演番組でキム・ヒョンジョン作家の話に触れたというアン・ソニョプ社員は、「4年前、就職する前に作家さんの講演を見ました。こうしてお会いできるとは思いませんでした」と、不思議さと喜びをのぞかせました。ハ・ヒジン社員は「今回の面会の前に作家さんのブログをあらかじめ見たのですが、作品がとても面白かったです」と感想を伝え、Naesoongシリーズというテーマがどのように始まったのかを尋ねました。
「私は8歳のときから美術をやってきて、自分だけの色彩が込められた絵をいつも描きたいと思っていました。そのなかで『私という人間はどんな人間なのか』とじっくり考えてみると、私は結局、他人の視線に閉じ込められた『視線に敏感な人』でした。そうしていると、薄れてしまった自分の自我を探したくなったんです。そのときから視線と通念の問題について考え始め、『視線』という重い感じの名づけよりも『Naesoong(ネスン——本心を隠して取り繕う態度を指す韓国語)』として表現することで、生き生きとして機知に富んだ絵を描き始めました。結局Naesoongというものも、他人によく見られたいという、他人を意識した一種の愛らしい嘘でしょう。そういう部分を作品に表したかったのです」
「作品の中でラーメンを食べているのは〈アチャ(我差)〉という作品です。ブランドバッグとタンブラー、ラーメン。この三つのアイテムを一つの画面に描くことでアイロニーを表現しました。外国の文物や品物を志向しながら、結局食べているのはインスタントラーメンです。これは『構造化されたNaesoong』です。他人の視線が与える価値が、高度に反映されているからです」
キム作家は、ふくらんだ韓服のスカートの中をヌードで表すことで、内側が見えてしまうNaesoongを表現したいと語りました。ふくらんだスカートは、秘密めいていて想像の余地が多い宇宙空間のような場所なのだそうです。その場所を墨を活用して描くことで、絵の無限の広がりとNaesoongの本質的な意味を表そうと努めたといいます。
スカートだけでなく、韓服のチョゴリも韓紙コラージュの技法を用いて、韓服特有の感触を実現しようと力を尽くしました。
「作品を制作するうえで気を配った部分の一つがチョゴリです。チョゴリは韓紙でコラージュをするのですが、気に入る韓紙の色がないときは、自分で染めた韓紙を使うこともあります。さらさらとした質感を表現しようと努力しました」。キム作家の作品は、表現技法と材料は伝統の方式を守りながらも、細部のアイテムは現代的です。東洋と西洋の美を同時に感じられるため、老若男女の誰にも人気があります。
激しく、そして懸命に
アン社員が、ソウル大学で東洋画科のほかに経営学を複数専攻した理由について質問すると、キム作家は「大変で、激しかった時期」と答えました。複数専攻の機会ができたとき、似た分野を複数専攻する同期とは違い、新しい学問を学んでみたかったという彼女。「芸術・体育系だと、いつのまにか軽んじられているような扱いを受けることがあって、学校で一番難関の学科はどこかと見てみたら、医学部、法学部、経営学部でした。医学部と法学部は複数専攻ができないので、自然と経営学を複数専攻することになりました。ほかの人が4時間勉強するとき、私は40時間以上勉強して学びながら、本当に懸命にやりました。そうしなければついていけないので。そのおかげで、複数専攻を含めて美術大学全体で2位の成績で卒業できました。過ぎてみると、すべてのことは役立つ場があるものですね。企業の事例についてたくさん勉強していたのですが、企業とコラボレーションをするときに役立ちました。『キム・ヒョンジョン・アートセンター』を運営するうえでも、また、美術市場の構造を理解するうえでも、とても役立ちました」
現在、作品制作、展示、講義、講演など、体が十個あっても足りないほど活動しているキム・ヒョンジョン作家。講義と講演は、かえって感じ学ぶことのほうが多いので、着実に続けていきたいといいます。
「キム・ヒョンジョン作家にとって、対話はなぜそれほど重要な部分になったのか」が気になるというハ社員。キム作家は、制作活動を着実に、そして創造的にやり遂げるためには、「対話」が作家個人にとっても重要なことだと考えたそうです。大衆に、美術の仕事は難しくなく面白い分野だということを覚えていてほしいと。その面でSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)は、作品を知らせ大衆と対話するうえで効果的なチャンネルだと語りました。
韓国画の魅力と美しさを着実に伝えていく予定
2017年にフォーブス・アジアの「影響力のある30歳以下の30人」に選定され、2014年には東亜日報の「10年後の韓国を輝かせる100人」などに選ばれた彼女。さまざまな媒体と報道機関が注目しています。「3、4年前のインタビューを見ると、報道機関と向き合うときに負担を感じるとおっしゃっているのを見ました。インタビューをするときは慎重なほうなのか、歳月が流れて30代になった今も、依然としてその部分が悩みや負担になっているのか気になります」というアン社員の細やかな質問に、キム作家は「客員記者をされてもいいですね」と微笑みました。「20代のとき、初めてインタビューをしたときのことが生々しく思い出されます。自分の言葉に慎重さを期さなければならないので、ひと言ひと言が慎重でした。それは今も同じです。それを作品として表現したこともあります。活発に対話し大衆と出会うのと同じだけ、私のすべての言葉と行動には責任が伴うと思っています」
このように、作品と美術への愛によって大衆と対話しているキム作家。音楽に比べて美術は、大衆によって享受される裾野が厚くないことに残念な思いがするといいます。「どんなお店に行っても、移動するほんのわずかな時間にも、人々は音楽に気軽に触れ、感じたままに楽しんでいるでしょう。美術も同じように、あるがままに楽しんでくださればよいのに、現実はそうならないので、悔しい部分もあります。ですから、韓国画は難しくなく面白いということを、私の作品を通じてたくさん伝えたいです」。キム作家は、これからも多くの人のかゆいところを掻いてあげる「共感」に基づいた作品を作っていくと付け加えました。
キム作家のはっきりとした語り口と愉快な会話に、二人の社員はインタビューの間、笑いが絶えませんでした。
キム作家は最近制作した2018年のカレンダーを手渡し、インスタント写真までプレゼントするセンスを見せました。出会うすべての人を大切に思う彼女の美しい心が際立っていました。若い年齢から多くの愛を受けているキム・ヒョンジョン作家。これから制作される彼女の才気あふれる作品が、そして彼女が持つ無限の可能性が、さらに気になってくる時間でした。